義兄のこと。

 

 5月5日子供の日、ハンサムでスマートなジェントルマンだった義兄が亡くなりました。まだ60才。四つ年下の私の姉と三人娘、90を超えたお父様と80過ぎのお母様を残して。昨年暮れ、長く患っていた肝硬変が癌となったことが判明。それからわずかに5ヶ月。あっと言う間のことでした。
物静かで人の悪口を言わない、もちろん怒ったところなど見た事がない。航空会社の技術職として勤め、定年退職後も、早々に再就職口を見つけて働き続けました。長女はあと4ヶ月ほどで出産でしたが、これには間に合いませんでした。

 酒もタバコもやらない。打つとか買うとかいう上品とは言えない趣味はなく、読書家で知性的。運動はあまりやりませんでしたが、パソコンや機械の類いにはめっぽう強い。車の運転も方向感覚もいい。旅先のヨーロッパではレンタカーで初めての道でもドンドン走ってしまいます。
 2010年、初夏のスペインからポルトガルを回った姉と二人だけのドライブ旅行でも大活躍で、姉から留守家族に毎日の様に送られたメールでも、何百キロも一人で運転するパパに惚れ直して感激している様子が、イキイキと伝わってきました。
 一時帰宅を許され、家族と過ごした最後の正月。娘達の夫やボーイフレンドと私に、飲めない兄は盛んにビールを注いでくれました。アイフォンか何かの変顔写真にも楽しそうに付き合っていました。

 いったいなぜ?なぜに、このようなジェントルマンが先に逝かねばならないのか? 東北を襲った地震と巨大津波。なんの落ち度もない何万という人が亡くなったのはつい1年前。
 いったいなぜ?東北の人が苦しまなければならないのか? 首都東京の首長は「天罰」だと言ったけれど、なぜ日本社会への天罰が善良な東北の人達に下らなければならないのか?
 まったくもって神様は意地悪で、こんな不条理をだまって見過ごしているとしか思えない。誰が聞いてもいったいなぜ?
と思ってしまいます。
 
 しかし、これはどうもそういうことではないのかも知れない。おそらく。
 平均的な寿命に比べれば、60歳というのは早い方なのでしょう。確かに早かった。少年の頃、ある県に住んだことが、本人の意志とは関係なく肝臓の病を引き起こした原因と推測されている。その様なハンデを抱えた状態で、よく生き切ったと言えるのではないか。40年近く働き、三姉妹を育て上げた。厳しい節制の賜物だったと思います。
 チベット人の僧侶や一般の人が、焼身抗議という激烈な方法をもって、チベットの自由の為に身を捧げています。 兄は、それは、激烈な方法ではなかったけれど、一生を自分に厳しく、他人に優しく、家族を大切に誠実に生きた。
 まったくすごい人でした。
 7年前に亡くなった私の父とあの世で合流し、二人が好きだったヨーロッパの街、今度はどこに行こうかと相談しているでしょう。みんなはまだ来ないでいいよーって。