24日目③ 成都 金沙址博物館 貴金属宝石の数々 12月3日(金)



 古今東西、太古の昔から、女性という生き物はやはり身を飾る宝石類が好きなのか、あるいは権力を誇示する男に取って必要なのが、金銀宝石で飾り立てた女性なのか。はたまた女性を喜ばせる為にだけ、言わばエサとしてダイヤモンドが必要なのか。どうでもいいけれど、私は別に宝石に興味ありませーん、なーんて。無理をしないでもいい。美しいものは美しい。
 
 チベットで見たお寺、仏像や仏塔も、見事に金や宝石で飾られていました。宗教の名の下に政治権力も掌握し、富も集中していた事は紛れもない事実。権力争いなど当たり前。俗っぽい人なんぞ沢山いたはず。その昔、事ある毎にダライ・ラマ政権に反発していたという、シガツェのパンチェン・ラマについては先に書きました。

 美食飽食の限りを尽くし、丸々と太った高い地位の僧侶がいた、と「ダライ・ラマ自伝」の中で法王は言っています。但し、その高僧はある日、中国官憲に睨まれ明日逮捕されるというその日に、なんと自殺したのでした。それは中国官憲の誰かが、逮捕後、高僧を殺し、現世でいわゆる悪いカルマを積む事を未然に防ぐ為でした。丸々と太った高僧が、自分が悪いカルマを積みたくないのではなく、中国の官憲の誰かが、ですよ。
 これは到底普通の人では出来ないことです。自死が許される唯一の場合というダライ・ラマ14世の説明がありました。
 
 さあ、このあたりから分からなくなってきます。金銀財宝に囲まれて美食の限りを尽くす高僧、などという人が本当にいたのか。ダライ・ラマ14世が言っているのだから、間違いはない。しかし、この矛盾する聖人は、当時のかの国の常識で考えれば、別に何も矛盾してないのかも知れません。あるいは、やはり修行者、一人の僧侶としてはまだまだ、道半ば。敵である中国官憲が自分を逮捕して殺し、悪いカルマを積ませない様にした。これは僧侶として最低限の事に過ぎなかったのか。美食なんぞしない。粗食でダイエットしてスマートでないとだめなのか。

 このケースは、その僧侶の真価が問われる場面だったに違いない。普段は美食の限りを尽くしていても、イザという時に真のチベット仏教の僧侶らしさを見せたのではないか、と思います。ゆえに、僧侶であっても、普通の生活の中で金銀財宝、美食飽食に浸かった生活をするのも、もしかしたら「有り」だ、と言う事になるのかも、知れません。

 今も昔も多くのチベット人は貧しいけれども、宗教心に厚い。僧侶はかの国で精神的なリーダーである。チベット自治区に於いても、その東側、チベット自治州などに於いても。

 それにしても、「そんなにお金を寄付しないで、もっと自分の生活の為に使いなさい。」と農民達に言った僧侶はいなかったのか?と思うこともあります。タイ、バンコクのエメラルド寺院を見た時も、同じ事を思いました。金銀財宝で飾られたお寺は本当に綺麗でした。
 
 国民全体が仏教、お寺や僧侶をとても大切にしている。寄進をすることも喜びだから。それは自然なことなのでしょう。